FC2ブログ

2015-08-20(Thu)

エテルのランタンの元に思う事

気分が悪い。そりゃこんな時間まで起きていれば気分の一つも悪くならなきゃやってられん。
というかそうじゃなきゃ困る。

なんか徐ろに気分が向いたので一つ、またしょうもない事をグダグダと書いてみようと思う。

"Intolerance"という言葉がある。
英語に造詣のある人なら分かるかもしれない。
その通り、"Tolerance"に"In-"がくっついた単語だ。
Toleranceは、大体"耐性"であるとか、"寛大"、"寛容"というような意味がある。
それに否定を示す"In-"がくっついた単語だ。
そう、"Intolerance"が示すのは、"不寛容"だ。

あたいは常日頃思っている事がある。
"Intolerance"というこの単語、この国―――日本の為にあるようなもんではないか、と。

あたいが七夜月満夜という名前を名乗るようになってから、かれこれ7年程が経とうとしている。
この体が地上に生まれてからは、21年余りか。

まだ人生のスタート地点にすら立っていない、しがない悪魔憑きでしかないが、思う。
この国は、あまりに"不寛容"すぎると。

何がどう不寛容なのか、と聞かれると、具体的にどうこう言えるわけではない。
が、どうにもそう思えて仕方がない。

なんというか、この国の人間は、感情至上主義のような所があるらしい。
その思想が例え科学的に、或いは論理的に間違っていようとも、それを聞き入れる気は更々ないようだ。

連日、明らかに現実から乖離した理屈を以って異を(その異がどこに向かっているのかは知った事ではないが)唱えている愚か者共が街を闊歩して喚いている。
そんな事をした所で時代が変わらない事は、歴史が既に証明した問題だ。
ここまで言えば、世の中を少しでも知っている人なら、いくつか思い当たる事が頭に浮かんだだろう。

この国の人間は、とことん建設的な発想をしようとしない。
「俺が嫌だ」と言えばそれで終わりであり、そこから先の発展がまるでない。
他の人間がどう考えているかを聞こうだとか、自分の考えが果たして現実に即しているかどうかを今一度見なおしてみるだとか、そんな発想はこの国の連中にはまるで無いのだ。

無論、全員が全員、そういった事を考えない人間だとは言わない。
ちゃんと相手の話を聞き、正しく(極めて重要)理解しようという人はいる。
だがそれは少数だ。なんで少数なのだ。

要は、相手の話を聞かないで主張ばかりを押し通そうとする人間が多すぎる。
話が通じないのだ。議論とは相手の話を聞かず自分の意見の正当性ばかりを主張して進める物ではない。

一番理解が及ばないのは、話が出来ない人間に対して話す事をやめた場合、それが「議論から逃げた」と見なされる事だ。
そして話が出来ない人間はそれを威張って「論破した」などとのたまう。
これが理解できない。
そんな事は、鍵の掛かった扉を開けろと言われて、扉を壊して「開きました」と言うような物だ。

なんというかこの国の人間は、データを用いて話をしようとすると感情論を持ち出す奴が多すぎる。
もっと言えば、聞かれた質問について答えない人間があまりにも多すぎる。
あたいが疑問なのは、それについて答えられないから答えないのか、答えたくないから答えないのか、という点だが。

話が凄まじく逸れた。
あたいが知りたい事は、「この国の人間が外部の理解に努めようとしない理由」である。
差別が無理解であるとかそういった所から生まれるように、人々の衝突も大半は無理解から来ているように思う事がたまにある。
人間同士の衝突も、よくよく辿ってみると、言葉の認識の些細な相違であったり、価値観の違いであったり、話そうと思えば伝える事ができるし、言われれば理解のできる事だったりする事が多い。
あたいが思うに、どうもこの「自分との違いの理解」が出来ない人が多いように思える。
この「理解」というのもなかなか難しいが、平たく言えば受け入れる、というようにも言えるかもしれない。
例えば、あたいは玄米が好きである。世の中に目を向ければ、当然玄米が嫌いだという人がいてもおかしくないだろう。
そんな人を前にして、「玄米は嫌いです」と言われた時に、「あぁ、この人は玄米が嫌いなのか」程度の認識をその人に対してする事ができれば、それでいいとあたいは思う。
ここで「あんなおいしい物を嫌いだなんて!」なんて憤るようではどうかしているとしか思えない(時折本当に受け入れ難いようなトンデモ理論をぶちかましてくる輩がいるのでそういう場合は考えものだが)。
要は、「私と貴方の間にある違い」という物を把握しておけば、ある程度の事は理解しやすくなるようにあたいは思うのだ。
相手の持つ"違い"がよほど理解に苦しむ物や理屈(実話で例を挙げるなら「騙される奴が悪いから詐欺罪は罪に問わなくていいと考えている」とか)でもない限り、その"違い"を受け入れる事はそんなに難しい事ではないと考えているのだが、現実はどうもそうではないらしい。あたいは異端のようだ。

ラティーユには、「考え、受け入れる事が常に聡明であるとは限らない」と言われる。
無論受け入れない方がいい事もあるだろうが、恐らくその判断基準は人によってまた違うのだろう。
ところで、あたいにとって受け入れない方がいい事とは一体何なのだろうか、と言われて初めて考える。

そんな折にフェイウェンには「ここにこんな事を書いている時点で君も相当不寛容だと思うよぅ」と横から言われる。
確かにそうかもしれない。あたいも今一度、"不寛容"とはどういう事なのか、見直してみる必要がありそうだ。

考え始めると色々と面白い事が浮かびそうだが、うまい事言葉に出来そうにない。
その様子を見て悪魔が隣で嗤っているので、ここで筆を置く事にしてみよう。
スポンサーサイト



2014-03-02(Sun)

トゥーケフランツァの最終極限

インツェーリエの窓辺に向かった時だ。
最後にあたいは何か調べていない事が無いだろうかと、水底を調べてみた。
大した物は無かったが、そこには必死に窓辺に残る理由を探している自分の顔が映っているだけだった。

ななみつです。
最終更新が去年じゃないか。

本当自分でも久々にブログを更新するなぁ、と思う。
あたいという人間は、本当に継続して何かをやるという事が出来ない人間だ。
実にどうしようも無い事この上ない。

さて

さてさてさて

何を書いた物かと。

あまりに暇で突発的に書き始めたはいいけど、本当書くことが無いよ。
これはひどい

まぁそれがあたいらしいと言えばあたいらしい。
今適当に思慮を巡らせていたら、今日見た夢の事に思い当たったので、夢の話でもしよう。

最近は特に妙な夢は見ていない。
あたいの言う妙な夢とは、所謂明晰夢とか予知夢のような、特殊な夢を言う。
だから、夢の内容自体は、夢らしく妙でへんてこりんである。

今日見た夢自体は、どこかの小学校で小さい子達と色々な場所に忍び込んでいる夢だった。
確か家庭科室なのかどこかに忍び込んで、すぐに外に出て、どこかの教室に入った所で本棚を動かすと、
その後ろに小さな隠し扉が現れて、その中に入っていくという物だった。
その途中でもしかしたらもう1つくらいどこかの教室に侵入していたかもしれないが、流石に忘れた。
その中に何が入っていたのかは忘れたが、その部屋から出た後で、
連れの1人が荷物を忘れたと言い始め、「じゃあ俺が取ってくる(確かに「俺」と言っていた)」と、
大きな部屋を出た所で目が覚めた。

あたいも、幼い頃にはそれくらいの悪ふざけをして叱られてみたいものだった、と思った。
あたいの小学校の記憶は、総じて小学2年生までの記憶しか無い。
3年生からの記憶は、自分の意思で意図的に消失させられた。
そうでないとあたいはいつ自分の頭に硫化水素を掛けてそのまま清水の舞台から真っ逆さまに斜め176°に飛び降りかねない。

その前の夢も変な夢では無かった。

内容自体は、巫女さんのような格好をしたやたら胸の大きなお姉さんを背中に背負って、
何故か物も言わずにどこかの階段をひたすら登り続けている、という物だった。
言われてみれば学校の階段のような感じの階段だったかもしれない。
巫女さんの方も、別に意識を失っているとかいう事では無く、
時折「はぁ~」等とため息をつけるくらいぴんぴんしていたのだが、
何故かあたいがおんぶして階段を登っていた。
大凡、4~5階分くらいの階段を登った頃だったろうか、階段の終わりに来た。
階段から見れば右に曲がれるような道があるような場所だったはずだ。
そこには少年(のように見えた)が立っていて、巫女さんを背負って登ってきたあたいを見るなり、
「はい、おつかれ」とだけ言って笑った。巫女さんはあたいの背中から降りて、道のある方向に歩き始めた。
その様子をみてきょとん、とした所で目が覚めた。

何故こんな明確に覚えているかって、この夢を見た後で目が覚めた時、
誰かを背負っていたような感触が背中に残っていたからである。
単にずっと仰向けに寝ていたから自重の感触がそう感じられただけかもしれないが、
だとしてあんなに柔らかな感触が残るもんだろうか。

ところで、あたいは妙な夢とは「明晰夢」とか「予知夢」のような特殊な夢じゃない物、
と書いたが、予知夢はいいとして明晰夢を良く知らない人が多いだろうから、
明晰夢について簡単に書くと、要は「自分が「これは夢だ」と自覚した上で見ている夢」の事を言う。
そうなると何がいいのかというと、明晰夢の場合、夢の中の自分の行動をコントロールできたり、
夢の内容を自由に改変出来るのである。
勿論、どこまで改変出来るか、という限度はあるのだろうが、少なくともあたいの経験上、
明晰夢では、以下の事は可能である。

「神奈川から大分まで瞬間移動する」
「部屋の窓をすり抜けて空中に飛び立つ」
「飛び去っていく小鳥に別れの挨拶をする」

ちなみに、何れも自分が実際に夢の中で出来た事である。

先述した巫女さんの夢でうっかり「これは夢だ」なんて思えていたら、
恐らく到底ここに書けないようなロクでもない行為に及んだ可能性がある訳だが、
だいたいそういう夢に限って何故か「これは夢だ」とは思えない訳である。
現実世界でそんなお方に出会える事なんか無いはずなのにね。ふしぎだね。

予知夢に関しては、あたいはよくどこかで地震が起こる夢を見るのだが、
地震が起こる夢を見た時には何も起こらない。
セキセイインコが1匹だけ出てくる夢を見た時が危険なのである。

最初は今でも記憶に新しい(というか風化させてはいけない)、311である。
見も知らぬセキセイインコが1匹だけ夢に出たのを今でもはっきり覚えている。
その当時は、あたいは眠った時に滅多に夢を見ない人間だったので、特に覚えている。
当時、あたいは高校3年生で、既に進路も決まり、のほほんとしていた時だった。
「珍しく夢なんか見たなぁ」、と思い、学校へ行き、あの大惨事が起こったのである。

その時はまだ自覚は無かったが、その次の日、更にその次の日と、続けてインコの夢を見た。
1匹だけである。その日は、緊急地震速報が発令されるような大きな地震が起こった。
ある時、インコが出てきはしたが、複数だった夢を見た。
その日は地震が起こらなかった。
1~2年経過しても尚、インコが1匹だけ出てくる夢を見た時には、大きな地震があった。

そんな謎の因果がある訳で、あたいはインコが1匹だけ出てくる夢を見たような時には、
一応警戒しながら一日を過ごす事にしている。

地震が起きてニュース速報を見ている、という夢は割と見る事があるのだが、
大体はマグニチュードの値がおかしかったり(M17.3とか出ている)、
震度の値がおかしかったり(震度10とか出ている)、
震源がおかしかったり(日本のニュース速報なのになぜかカナダのどこかが震源の地震だったり)、
何かしらおかしい事があるので大体は流しているのだが、
時折、これらおかしい点が無い、やたらリアリティに溢れた地震の速報の夢を見たりする。
幸い、それが現実になった事は無いのだが、そういう夢を見た時は非常に肝が冷える。

最近はよく夢を見るので、特に夢の内容は注意している。
また何か妙な夢を見たら、ブログでも更新しようか。

夢日記か何かかな?

まあそれでもいいか。


どうでもいい事を最後に書いておこう

もう3~5年前の、結構前の話なんだけど、
夢の中で、八雲紫さんから、「必ず伝えなければいけません」と言われて、
意味不明の伝言を預かったので、その内容を未だに覚えているわけですが、
もしこれを見た中で、八雲紫さんから「伝言を聞くように」と夢の中で言われたというお方がいたらご一報下さい。
何の事だかさっぱり分からない文字列をお伝えします。

では。

2013-11-19(Tue)

テローセの水底の少女

確かそれはかつてηの向こう側へと渡った時だったろうか。
光が届かない程深く存在した安寧の水底で、一人だけの少女に出会った。
彼女は、「ここにいるのは一人だけでいいのです」とだけ言って何処かへ再び沈んだ。
どこかで、出会っていたような気がした。



ななみつです。
疲れた。

総じて全ての物事になかなかどうして価値も意味も見いだせなくてなかなか深刻な状態に陥っております。

かつて私が目指した物は一体なんなのだったのだろうかと、今を生きる私を常に映し出す、瞳という名の鏡に映る無傷の自分を見ると、思うのです。

もし出来る事であるのならば、本当に、誰の目にも触れずに生きる、暗く光の無い、安らかな海の中で、ゆらゆらと呻きながら暮らしたいものです。

うーん。

目に見える物に意味を求め、目に見えない物に意味を求めないでもいられるのは何故なのか。
もしそれさえ分かったのであれば、ちょっとは生きていくのが楽になるのかもしれない。

ゆらりゆらりとゆれるななみつの明日の方角はいかに。

2013-07-11(Thu)

麦茶の微分積分学

こんばんは。ななみつです。

0時を過ぎているから昨日の事。

昨日は、なんとも精神的に忙しい一日だった。

飼っているインコのうちの一匹が、病気なのかなんなのか、ともかくもう長く生きていられなさそうだというので、朝っぱらから虚しさに涙を流して、別れを告げて大学へ。

いよいよもって訳が解らなくなってきた心理学に、
果たしてこいつは本当に大丈夫なのかと思いたくなる程頼りがいの無い講師が務める倫理学をこなし、
昼食に素甘を食べ、ここで法学が休講になっている事に気がつく。

3限のアルゴリズムの講義には出席し、4限の演習は、出席だけつけて離脱。

そのまま帰宅し、瀕死のインコの生存を確認すると、あたいを除いた、家族3人が、
そのインコを動物病院に連れて行ってみる事に。

道中で亡くなったら連絡するよう頼み、護り石として瑠璃青金石(ラピスラズリ)を託してななみつは待機。
16時ごろ一行は出発。

続きを読む

2013-07-08(Mon)

エンフィシアの波打ち際

ななみつです。どうも。

本日は、割となんという事はない日ではありました。
無事に帰ってきましたとも。

気にかかるのは親友の容態ではあるが、1週間は持ちそうにない。
悲しい事ではあるが、大切な事でもある。

いつまでも悲しみにくれていても仕方がない。
それに、そんな事は彼女も望まないだろう。

うん。

さあて、今日は何をしたんだったか。

【今日の大学】

とりあえず、別れを告げる為にも早くに起きて、
役目を果たしてから散々大学に対する文句を言っていたのか。

うん。
文句の内容は至って単純。
単位取得の難易の不条理さ加減。

同じ科目で、先生が違うだけで、どうしてこうも差が出てしまうのか。
そして、数年前から講師に向かないと言われ続けている講師を、
どうしてそこまでして登壇させるのか。
あたいにはまるで理解の及ばない話である。

結局、散々文句を言って「もう大学やめて就職するか」とか何とか言っていた所で、
徐に、世界に問いかけてタロットを引いてみる。
「3 of Swords(Reverse)」。
「心を解放しろ」、とこう言われてしまった。

もう1枚引いてみる。
「Ⅺ Justice(Reverse)」。
「感情に囚われるな」。全く仰る通りである。
そもそも、大学に入ったのは、あたいが果たすべき約束を果たす為だ。

最後にもう1枚引いてみる。
「3 of Cups(Upright)」。
「誰かの援助で発展する」。人の力とは、本当に偉大である。
是非とも発展できるような援助をして頂きたいものだ。

そんな事を言っていたら、4限に遅れた。
最も、遅れる時間に出かけたから当然の事である。
2週間後には試験らしい。
まあ、フランス語を読むだけだからどうにでも……。

などと余裕をぶっこいていると多分酷い目に遭うので、最低限の文法の確認はしておこう。

【今日のTCG】
今日はヴァンガードをプレイ。
奈落の撃退者を4個購入して組んだ撃退者で、ゴルパラを相手に1-2だか2-2。多分前者。
うん、完全ガードはやっぱり最低限導入しないと戦えん。そんな所。
ゼクスでの妲己ミラーもやってみたかったが、今日は割とヴァンガードが回したかった。うん。
あたいは結構こうした物の起伏が激しいから、やりたい物とそうでない物が猛烈に分かれる。


なんとなく、スポチャンのサークルにちょっかいを掛けに行く事にした。
果たしてただでさえ死にかけのあたいの身体が持つのかどうか見ものである。


プロフィール

ななみつ(七夜月 満夜)

Author:ななみつ(七夜月 満夜)
FC2ブログへようこそ!

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
Z/X Library
Z/Xのカードだよ。
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
Aquerian Age
アクエリアンエイジについて。
Dimension-0
D-0の情報だよ

Powered by FC2 Blog